INDEX
製造業の現場で働く方にとって、「スキルアップ」は自身の成長だけでなく、会社の競争力維持にも欠かせないテーマです。 近年、製造業では深刻な人手不足が問題となっており、若手人材の確保が難しくなっています。実際、厚生労働省の分析によれば有効求人倍率は全産業平均で約1.3倍まで回復していますが、製造業では約2.0倍に達し他業種よりも人手不足が深刻な状況です。
(※)経済産業省・厚生労働省・文部科学省『2022年版ものづくり白書』
このような中、現場スタッフ一人ひとりのスキル向上が生産性向上や品質改善の鍵となっています。また、リクルートやマイナビの調査では、Z世代の若手を惹きつけるには「スキルアップできる環境」の整備が不可欠だと指摘されています。
本記事では、製造業におけるスキルアップの重要性と求められるスキルの種類、スキル向上の具体的な方法や役立つ資格、そしてスキルアップがもたらすキャリアアップの可能性について解説します。
製造業におけるスキルアップの重要性
製造業は日本のものづくりを支える基盤産業であり、現場の技能や知識の積み重ねによって高品質な製品が生み出されています。しかしながら、少子高齢化による熟練工の高齢化や若手人材の減少により、技能の伝承が停滞するリスクが高まっています。
スキルアップの重要性は、単に人手不足対策というだけではありません。技術革新や市場ニーズの変化に対応できる柔軟な人材の育成にもつながります。製造現場にはIoT機器やロボット、AIなど新しい技術が続々と導入されており、これらを使いこなすには従来とは異なる知識・スキルが必要です。
環境変化に適応し、生産性を高めるには現場従業員の継続的な学習・成長が不可欠と言えるでしょう。
製造業で求められるスキルの種類
一口に「製造業のスキル」と言っても、その内容は多岐にわたります。
現場作業に直結する技術系のスキルから、チームや工程をまとめる管理スキル、そして近年重要度を増しているデジタル活用(DX)スキルまで、バランス良く身につけることで活躍の幅が広がります。
技術系スキル(作業技術・専門知識)
製造現場の基本となるのが技術系のスキルです。
これは実際にモノを作る工程で必要となる作業技能や専門知識を指します。
例えば、機械の操作方法や保全・メンテナンスの技術、溶接・組立てなどの加工スキル、製品の品質検査に関する知識などが含まれます。
現場で求められる専門資格(後述)を取得することでこれらの技能を証明・強化でき、「現場の即戦力」として評価されるようになるでしょう。
また、安全に作業を進めるための知識も重要な技術スキルの一部です。
危険物の取り扱いや安全基準の順守、5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)活動の実践など、安全管理に関する知識・技能も現場では欠かせません。
専門資格である危険物取扱者やクレーン運転士、フォークリフト運転技能者などの取得を通じて、安全かつ効率的に作業できる技術を身につけることができます。
管理・マネジメントスキル
製造業の現場では、現場リーダーやライン長といった管理的役割も存在します。
こうしたポジションで活躍するには、チームをまとめ工程を円滑に回すための管理・マネジメントスキルが求められます。
具体的には、生産計画の立案スキル、進捗や納期を調整するスケジュール管理能力、在庫や原価を管理する知識などです。トラブルが発生した際の問題解決力や、部下・同僚への適切な指導育成スキルも重要でしょう。
管理スキルにはいわゆるソフトスキルも含まれます。
ソフトスキル ・ハードスキル 対比表
項目 | ソフトスキル (Soft Skills) | ハードスキル (Hard Skills) |
---|---|---|
定義 | 対人関係やコミュニケーション、問題解決などの非技術的な能力 | 専門知識や技術、業務遂行に必要な具体的スキル |
習得方法 | 経験や環境、トレーニングを通じて育まれる | 研修、資格取得、実務経験を通じて学ぶ |
測定可能性 | 定量的に測定しにくい | 明確な基準や試験で測定可能 |
適用範囲 | 業界や職種を問わず広く適用できる | 特定の職種や業務に特化 |
変化のしやすさ | 個人の成長や環境によって変化しやすい | テクノロジーの進化によって更新が必要 |
具体例 |
|
|
重要性 | 人間関係の構築、職場での協力、リーダーシップに不可欠 | 専門業務の遂行、成果の最大化に必要 |
採用での評価 | 面接や行動評価で判断 | 資格・実績・ポートフォリオで評価 |
ソフトスキルとハードスキルは相互補完的な関係にあり、どちらもビジネスやキャリア成功のためには重要です。
現場内外でのコミュニケーション能力、他部署との調整力、改善提案を行うための分析力など、幅広いスキルが必要です。
例えば、生産性向上のために現場の「見える化」や業務フロー改善を推進するには、現場の声を汲み上げ経営層と橋渡しする力が求められます。
実際に、ある企業では経営陣と現場双方の視点を持つ人材を育成し、現場全体でのデジタル技術活用を浸透させた事例もあります。
このように、技術系スキルを土台に管理スキルを磨くことで、職場全体を最適化できるリーダーへと成長できます。
デジタル活用・DXスキル
製造業でも近年特に重要度が増しているのが、データやデジタル技術を活用するDX(デジタルトランスフォーメーション)関連のスキルです。
Industry4.0やIoTの進展に伴い、現場にはセンサーやAIを活用したスマートファクトリー化の波が押し寄せています。これに対応するには、データ分析の基礎知識や、生産管理システム・CADソフト等のITツールを使いこなすスキルが求められます。
また、AIやロボットとの協働を円滑に行うためのリテラシーも必要です。
例えば、設備から取得した稼働データを分析してボトルネックを特定し改善策を立てる、といった統計解析や問題解決のスキルがあると、生産性向上に大きく貢献できます。
さらに、社内のデジタル化を推進できるデジタルリーダー的な人材は多くの企業で不足しており、自ら勉強してそうした知識を身につければ重宝されるでしょう。実際に大手メーカーの株式会社IHIでは、社内公募で集めた意欲ある社員にデータ活用スキルを教育し、部門横断でDXを推進する人材育成プログラムを実施しています。
その結果、部署の垣根を超えて幅広いスキルと知識を持つ人材が集まり、より多様なアイデアが生まれる組織風土の醸成に成功しています。
このように、DXスキルを習得することは今後の製造業で活躍する上で大きな強みとなるのです。
スキルアップの具体的な方法
では、実際に製造業の現場従業員がスキルアップを図るにはどのような方法があるでしょうか。ここでは今日から実践できる具体的なスキル向上策を紹介します。それぞれの方法を組み合わせて、計画的に実践していくことが重要です。
現場でのOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)
もっとも身近で効果的な方法がOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)です。日々の業務の中で先輩や上司から直接仕事を教わり、実践を通じてスキルを習得していきます。
製造業の現場では、「習うより慣れろ」という言葉があるように、実際に手を動かし経験を積むことが上達への近道です。
積極的に先輩に質問したり、新しい作業に挑戦させてもらったりして、業務の幅を広げていきましょう。例えば、組立作業員が機械の簡単なメンテナンス方法をOJTで学ぶことで、トラブル時にも迅速に対応できるようになる、といった具合に日常業務の中で着実にスキルアップできます。
資格取得や技能検定への挑戦
資格の取得は、自身の技能レベルを客観的に高める有効な手段です。製造業には後述するように様々な国家資格や民間資格が存在し、資格取得の勉強を通じて理論知識を深めたり、新しい技術を習得したりできます。
例えば現場で働きながら「機械保全技能士」や「電気工事士」といった資格試験に挑戦すれば、日々のメンテナンス作業に役立つ専門知識・技術が身につきます。
資格取得はそのままスキルアップの証明にもなるため、自信にもつながりますし職場での信頼感・評価も高める助けになります。
資格取得に当たっては、まず現在の業務や今後目指したい職種に関連するものを選ぶと良いでしょう。実務経験が必要な資格もありますが、製造現場で役立つ資格の多くは働きながら取得可能です。
「資格手当」を支給する企業もあり、合格すれば収入アップにつながるケースも少なくありません。社内で資格取得支援制度があれば積極的に活用し、なければ自主的に計画を立てて勉強を進めましょう。
▼製造業でのスキルアップに役立つ資格や研修まとめ
資格 | 特徴 |
---|---|
フォークリフト運転技能者 | 工場や倉庫での荷役作業に必須の資格です。比較的短期間の講習で取得可能で、物流を伴う製造現場では重宝されます。フォークリフト免許を持っていると作業範囲が広がり、仕事の選択肢が増えるため、未取得の場合は早めに取っておくと良いでしょう。 |
危険物取扱者(乙種・丙種など) | ガソリンや薬品など危険物を扱う現場で必要となる国家資格です。製造業でも塗料や溶剤、燃料を扱う場面は多く、取得しておくと安全管理の知識が身につき専門性が高まります。 比較的取得しやすい区分もあり、安全への意識が高い人材として評価されるメリットがあります。 |
衛生管理者 | 従業員の安全と健康を確保するために、一定規模以上の事業所で選任が義務付けられている国家資格です。第一種・第二種がありますが、製造業の現場では第一種衛生管理者のニーズが高い傾向にあります。 |
電気工事士(第一種・第二種) | 工場内の電気設備の敷設や保守作業に関わるなら必須ともいえる国家資格です。第二種は一般住宅や小規模設備向けですが、製造現場では第一種まで取得しておくと高電圧設備も扱え業務の幅が広がります。 |
機械保全技能士(国家技能検定) | 生産設備の保全・修理に関する技能を証明する資格です。三級~特級までありますが、現場で評価されやすいのは実務経験を積んで挑戦する二級・一級以上です。 取得には勉強と実技試験対策が必要ですが、その過程で機械の構造理解や保全技術が飛躍的に向上します。取得者には「工場の要」を担う保全のプロとして厚い信頼が寄せられます。 |
品質管理検定(QC検定) | 製造業で品質保証・品質管理の業務に携わるなら有用な民間資格です。統計的手法や品質管理の理論を学ぶことで、不良削減や工程改善に貢献できる知識が身につきます。 QCサークル活動など社内の品質改善チームでリーダーシップを発揮する際にも、この資格で得た知識が役立ちます |
CAD利用技術者試験 | 製品図面の作成や設計補助に携わる人に適した資格です。2次元CADから3次元CADまで級が分かれており、合格を通じて設計図面の読み書きスキルを証明できます。 現場経験者がCADの技能を身につけると、製造現場と設計部門をつなぐ橋渡し役として活躍できるでしょう。 |
オンライン学習の活用
近年はインターネットを通じてオンライン学習でスキルを習得する手段も充実しています。製造業向けの技術解説動画や、品質管理・生産管理に関するオンライン講座、さらにはDX人材育成のためのeラーニング教材まで、多種多様なコンテンツが入手可能です。
業務後や休日の時間を活用して、こうしたオンラインリソースで体系的に学ぶことで、独学では得られない知識を効率よく習得できます。
例えば、工作機械のプログラミング方法やCADの使い方を動画で学んだり、統計的品質管理の基礎をオンライン講座で勉強したりといった具合です。分からないことがあればSNSや専門コミュニティで質問し、知見を共有しているコミュニティもあります。
自分のペースで学べるオンライン学習は、忙しい製造業の方でも取り組みやすいスキルアップ手段と言えます。ただし継続してこそ意味があるので、スケジュールを決めて計画的に続けましょう。
社内研修・勉強会への参加
企業によっては社内研修や勉強会、社内資格制度などを設けて従業員のスキルアップを支援している場合があります。自社内にそうした機会があるなら、ぜひ積極的に参加しましょう。
新人研修や階層別研修はもちろん、QCサークル活動や改善提案発表会など、現場の改善事例を学べる場も貴重です。
社内で経験豊富なベテラン社員が講師となり、専門技術やノウハウを教えてくれる機会もあるでしょう。例えば、生産技術部門が中心となって設備保全の基礎講座を開いたり、品質管理の手法について勉強会を行ったりといった取り組みです。
同僚と切磋琢磨しながら学べる社内研修は、実務に直結した知識を吸収できる点でメリットがあります。受け身にならず、自ら研修テーマを提案したり講師に質問したりする積極性が大切です。
社外研修・セミナーへの参加
自社に無い知識や最新動向を学ぶには、社外の研修やセミナーも有効です。製造業向けの専門セミナーや技能講習会、業界団体が主催する研修プログラム、公的機関(ポリテクセンター等)の職業訓練など、社外には多くの学びの場があります。
特に新技術や他社の事例を学べる場では、自社の外に視野を広げた知識を得ることができます。
例えば、IoT導入事例を学ぶセミナーや、トヨタ生産方式のカイゼン手法を学ぶ講習会、国家検定の対策講座などが各地で開催されています。費用はかかるものの、得られる知見は大きな財産です。会社が受講費用を補助してくれるケースもありますので、上司に相談してみるのも良いでしょう。
また、展示会や学会に足を運ぶことも最新技術のキャッチアップにつながります。社外で学んだ知識やネットワークは現場に持ち帰って共有し、自社全体のレベルアップに貢献することを意識するとさらに有意義です。
スキルアップによるキャリアアップの可能性
製造業でスキルアップに取り組むことは、自身のキャリアパスを切り拓くことにも直結します。 スキル向上によって現場での評価が高まれば、昇進や希望部署への異動など新たなチャンスを得られる可能性が高まります。
製造業界では慢性的に技能人材が不足しているため、豊富な実務スキルや専門資格を有する人は他社からも高く評価されます。
例えば、生産管理の知識や品質保証のスキルを磨いておけば、より規模の大きなメーカーの管理職ポジションにチャレンジするチャンスが広がるでしょう。
実際に「資格を取得したことで他社からスカウトされた」「転職時に前職での改善プロジェクト経験が評価された」という事例もあります。
さらに、スキルアップして色々な業務に挑戦する過程で培った問題解決力やコミュニケーション力といった汎用的スキルは、キャリアの方向転換にも役立ちます。
現場での経験を活かして生産技術や開発職に転身したり、独立してコンサルタントになる人もいます。キャリアの選択肢を増やすためにも、日頃から自分の市場価値を高める意識でスキル習得に励むことが重要です。
スキルアップの成功事例:企業・人材の具体例
最後に、製造業でスキルアップに成功した企業や人材の具体的な事例をいくつかご紹介します。実例を見ることで、スキルアップがどのような成果につながるのか具体的にイメージできるでしょう。
国本工業株式会社(静岡県浜松市) – 中小金属加工メーカーの国本工業では、工場の一部工程にロボットを導入すると同時に現場作業員への教育訓練を強化しました。その結果、工場の自動化と人材の専門性向上の両立により人手不足を解消し、生産性と品質が大きく向上しました。
生産効率の改善によって生まれた利益を従業員の賃金アップという形で還元したところ、社員の意欲もさらに高まり、スキルアップが加速する好循環を生んでいます。
参考:2023年版 ものづくり白書(令和4年度 ものづくり基盤技術の振興施策)
三和工機株式会社(愛知県) – 部品設計・開発を手掛ける三和工機では、社内人材育成による設計力強化に取り組みました。製造現場から設計部門へのフィードバックが減少しエンジニアの設計力低下が課題となる中、自社のエンジニアリング知見を体系化した研修を実施。
その結果、社内で様々な設計ツールを使いこなせる人材が育ち、顧客企業(大手メーカー)の即戦力ニーズに応えられる体制を築きました。自社の強みを活かした教育が、新規受注拡大にもつながった成功例です。
今すぐ始めるスキルアップ:8つの行動チェックリスト
スキルアップの重要性は理解していても、実際に何から手を付ければ良いか迷うこともあるでしょう。最後に、今日からすぐに行動に移せる8つのチェックリストを用意しました。ぜひ出来ることから一つずつ実践してみてください。
1.現在の自分のスキル棚卸し:まずは自身の強み・弱みを洗い出し、伸ばしたいスキルや知識分野を明確にしましょう(技術系・管理系・DX系など分類すると整理しやすいです)。
2.スキルアップ目標の設定:習得したい技能や取得したい資格を書き出し、達成時期など具体的な目標を設定します。「半年後に〇〇資格合格」「来月から工程改善プロジェクトに参加」など明文化しましょう。
3.職場の上司や先輩に相談:目標達成に向けて上司や先輩に協力を仰ぎましょう。OJTで新しい作業を任せてもらえないか、資格取得の勉強時間を確保する工夫はできないか、一緒に考えてもらいます。
4.一日一つ新しい知識を学ぶ:業務マニュアルを読み直す、専門書や業界誌の記事を読む、eラーニングを1レッスン受講するなど、毎日少しでも新しい知識に触れる習慣をつけます。コツコツした積み重ねが大きな差を生みます。
5.社内外の研修・勉強会に参加申し込み:社内研修があれば即申し込み、無ければ地域のセミナーやオンライン講座をリサーチして一つ参加予定を入れてみましょう。実際に日程を押さえることで行動に移しやすくなります。
6.資格試験の情報収集と勉強開始:興味のある資格の公式サイトや参考書をチェックし、試験日や科目を確認します。スケジュールを立てて少しずつ勉強を始めましょう。問題集を1日1ページ解くような小さな一歩からスタートです。
7.職場で習ったことを実践する:研修や勉強で得た新知識は積極的に現場で試してみましょう。例えば学んだ改善手法を自部署の作業で実践し、小さな効果でも上司に報告するといった具合に、アウトプットを心がけます。
8.定期的に進捗を振り返る:月に一度はスキルアップの進捗を自己チェック。出来るようになったこと、次に挑戦したいことを書き出し、上司とも共有します。軌道修正や新たな目標設定を行い、常に成長し続けるサイクルを維持しましょう。