Eigyo 営業製作所
BBSジャパン株式会社
従業員数 358人資本金 165億円
設備冷間鍛造機
対応可能な材料アルミニウム・アルミ合金マグネシウム合金
BBSジャパン株式会社の概要
自動車用鍛造ホイールの製造を専門としています。アルミ、超超ジュラルミン、マグネシウムなど多様な素材を用いた鍛造ホイールを量産しています。国内外のプレミアムカーメーカーやF1チーム、モータースポーツ向けに製品を提供しています。アフターマーケット向け販売に加え、世界中の自動車メーカーへ純正オプション品としてOEM供給も行っています。
BBSジャパン株式会社の事業内容
車輛用軽合金ホイールの製造販売、車輛用軽合金ホイールの輸出入、自動車メーカーへのOEMホイール供給、アフターマーケット向けホイール販売
BBSジャパン株式会社の設備情報
| 設備 | メーカー | 特徴・能力 | 保有台数 |
|---|---|---|---|
| 1片式轮圈 | FORTEGA锻造 | - | 1台 |
BBSジャパン株式会社の詳細情報
- 従業員数
- 358名
- 資本金
- 165億円
- 郵便番号
- 〒933-0313
- 住所
- 富山県高岡市福田六家525
- 電話番号
- 0766-31-0021
- FAX
- 0766-31-1403
- 公式サイト
- https://bbs-japan.co.jp/
BBSジャパン株式会社の沿革
| 1960年 | BBSの創業者のひとりハインリッヒ・バウムガルトナーが、ドイツのシルタッハに自動車整備・修理工場を開業した。 |
|---|---|
| 1966年 | 経営不振のグラースがBMWの傘下に入り、以後バウムガルトナーも車両をBMWにスイッチ。彼の成績を目にした多くのアマチュアレーサーからチューニングの依頼を受けつつ、BMWのレーシング・コンストラクターとしての役割も担っていった。こうして数々のレースユーザーのニーズを聞きながらさらなる開発を続けていった。 |
| 1970年 | バウムガルトナーは同郷の友人クラウス・ブラントと、自動車部品の製造を行う会社を立ち上げた。ふたりの頭文字と創業の地シルタッハの頭文字をとって社名はBBSと名付けられた。当初の製品は主にBMWとフォード用のFRPエアロパーツであった。これらの製品は当時盛んであったヨーロッパ・ツーリング選手権 (ETC)の車両に採用された。 |
| 1971年 | 同じ頃、後にBBSの発展に大きな影響を与えることになる、日本のワシマイヤー株式会社がアルミ製糸巻きビームの製造販売会社として富山県高岡市に設立された。大量の糸を巻き取り、大きな耐荷重を求められるボビンの強度を満たすための技術開発が後に鍛造アルミホイールの技術として生かされることになる。 |
| 1981年 | 独BBS社は、鍛造アルミホイール生産に大きな可能性を予見していたが、超高額になる設備投資の目処が立たず、技術提携を模索しはじめていた。世界中の 多くの企業からのラブコールを受けたが ... 、ブランド名のみを利用した安価な製品販売を強く危惧し、技術に裏打ちされた本物を志向する企業哲学に共感できる企業と出会えずにいた。 |
| 1982年 | そんな時、ワシマイヤー社からの提携申し入れを受けて、視察のため訪日したバウムガルトナーは、日本の複数社の視察の後、最後に訪れたワシマイヤー社の分割鍛造技術を見て衝撃を受ける。 繊維産業の先行きを見て、多角化を狙うワシマイヤー社と、外部から鍛造技術を導入したい意向が一致し、提携は一気にまとまった。 |
| 1983年 | 独BBS社とワシマイヤー社が技術提携し日本BBS誕生。 新たに5,000トン鍛造プレス機を設置し、アルミ鍛造3ピースホイールの開発を開始。複雑なメッシュデザインのディスク面を鍛造で仕上げるためのトライ&エラーが始まる。高強度と軽量を担保する鍛流線をきれいに維持しつつ、力学的かつ美しいディッシュ面を再現する技術開発が行われた。 |
| 1986年 | 前年のSEMA SHOWでの技術大賞受賞の効果によって、鍛造製品ゆえの、従来の常識を超えた高価格をマーケットが納得する形で販売が爆発的に増加。対前年比でRSが約2倍、RGに至っては約3倍に躍進。販売現場が混乱するほ ど受給が逼迫する。 |
| 1992年 | F1用マグネシウム鍛造ホイールを開発(世界初)。フェラーリF1チームから「マグネシウム“鋳造”ホイール比で10%の軽量化」を条件に依頼を受け、結果20%の軽量化に成功。異例の3年契約の申入れを受け契約締結。以後フェラーリは ... 10年間にコンストラクターズタイトル8回、ドライバーズタイトル6回を獲得。F1ホイールでの成功のおかげで、トヨタ、日産、マツダなどの国内自動車メーカーへのOEM供給の拡大。イギリスなどの海外自動車メーカーへのOEM供給も始まり、今日の発展の基礎を作った。 |
| 1993年 | DTMやINDY500などの各チームに、アルミよりさらに軽量・高剛性を可能にしたマグネシウム“鍛造”レーシングホイールの供給を始めたBBSは、これによってレース車両の戦闘力を大きく引き上げることに成功。世界中のより幅広いレースフィールドで、最高性能のレーシングホイールへのニーズに対応できる体制を築いた。 |
| 1996年 | ポルシェが993型ポルシェ911をベースに911GT1を開発。BBSホイールを装着したGT1は同年のル・マン24時間レースで総合2位、3位を獲得。1998年にはトヨタを破りワン・ツーフィニッシュを飾った。 |
| 2000年 | この頃、BBS製マグネシウムホイールは、F1各チームから高い評価を受けており、約半数のチームに供給していた。中でも、BBSホイールを履いたフェラーリのミハエル・シューマッハは、2004年まで5年連続でチャンピオンに輝き、圧倒的な強さを発揮した。 |
| 2002年 | F1のために生まれたマグネシウム鍛造ホイール技術を投入した1ピースホイール「RE-Mg」の発売を開始。マグネシウムは腐食しやすく、市販化は難しいとされていたが、特殊被膜の開発により、これを克服した。しかし、皮膜の損傷に留意する必要があるため、取扱店を限定して販売した。 Podio Ferrari Award for BBS『フェラーリ革新大賞』を受賞 |
| 2003年 | 1998年にル・マン24時間レースのワークス活動を撤退したポルシェが、プライベーターのサポートのために開発した911GT3R(996)は、BBSホイールを標準装着し世界中のチームに販売。デビューの2000年にチームタイサンがル・マン24時間レース LM-GTクラス優勝したことを皮切りに、途中911GT3RSRへと進化しながら、2003年のデイトナ24時間優勝など、参戦した全ての競技でクラス優勝を果たし、速さと耐久性を支えるBBSホイールの性能を証明した。 |
| 2005年 | 市場での大径ホイールの需要の高まりを受け、22インチのホイールを量産するため、当時最大級の9,000トン鍛造プレス機増設。 |
| 2010年 | マグネシウム鍛造製F1用レーシングホイールの供給は続き、数多くのコンストラクターに供給。 |
| 2011年 | 超超ジュラルミン鍛造ホイールを開発。厳密な熱管理と素材の均一化という厳しい課題をクリアし、世界初の超超ジュラルミンホイール「RI-D」の販売を開始。鍛造アルミニウム、鍛造マグネシウムと、ステップを追って進めてきた素材改革は新たなステージへ進んだ。 |
| 2013年 | BBSジャパン株式会社へ商号変更 |
| 2014年 | ポルシェがWEC新レギュレーションに準拠する「919 ハイブリッド」、そして「911 RSR」を開発しル・マン24時間レースにワークス体制で復帰。その後のポルシェのモータースポーツ活動を牽引する ... 新たなシンボルの2台には同じデザインのBBS製ホイールが装着され、このモータースポーツで培った技術とBBS鍛造ホイールは、現在最速であるGT2RSのヴァイザッハパッケージなどにも採用された。 BBSメンバーズクラブ『BBS JAPAN TANZO CLUB』発足 |
| 2015年 | マグネシウムホイール「RE-Mg」の発売から13年、耐食性皮膜に改良を重ねた「FZ-MG」を発売。マグネシウム鍛造の1ピースでありながら、店舗を限定することなく販売できる製品 ... とした。 マグネシウム鍛造F1TM用レーシングホイールを世界で初めて実現したBBS。独自の熱処理により材料強度や疲労強度を損なうことなく塗膜性能を高め、量産化に成功。 |
| 2016年 | 5月28日。ドイツで行わた第44回ニュルブルクリンク24時間耐久レースにおいて、BBS鍛造レーシングホイール装着車のMercedes-AMG GT3(SP9クラス)が総合優勝。1位から6位まですべてBBS鍛造レーシングホイール装着車という結果を残した。 |
| 2019年 | 富山県高岡市四日市にさらなる品質向上を求め、16,500m2に及ぶ塗装工場完成。また、本社工場には12,000トン鍛造プレス機を導入。これにより24インチクラスのホイールの量産が可能となり、新たなる挑戦に向けて環境を整えた。 |
| 2020年 | BBSブランド50周年。 |