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株式会社渋川製作所

従業員数 57
加工方法中ぐり加工CNC旋盤加工シャーリング加工
設備タレットフライス盤円筒研磨機/研削盤マシニングセンタ
対応可能な材料鉄鋼材料非鉄金属金・銀・白金・パラジウム

株式会社渋川製作所概要

同社は、社会インフラを支える重電機器および電気機械器具の製造を手がけています。遮断器、電磁接触器、コントロールスイッチなどを主力製品としています。これらの製品は、発電所、変電所、各種プラント、エレベーター、ビル、鉄道設備など幅広い分野で活用されています。設計から部品加工、組立、出荷検査までを一貫して行う生産体制を強みとしています。

株式会社渋川製作所事業内容

重電機器の部品加工, 重電機器の組立, 制御継電器の製造販売, プリント基板の組立と製作, 精密加工品の製作, 板金部品加工

株式会社渋川製作所設備情報

設備メーカー特徴・能力保有台数
タレット形フライス遠州-1台
円筒研磨機ツガミ-1台
マシニングセンタオークマ-1台
自動旋盤宮野NC自動盤-1台
スポット溶接機大電-1台
コーナーシャーアマダ-1台
スポット溶接機大電-1台
ファイリングマシン日興機械-1台
マシニングセンタオークマ-2台
スポット溶接機大電-1台
タッパーブラザー工業-1台
5面加工機不二精機-2台
スロッター中防-1台
バリ取り機エステーリンク-1台
シャーリングマシンアマダ-1台
ファイリングマシンアマダ-1台
タレパンアマダ-1台
マシニングセンタオークマ-1台
自動旋盤宮野NC自動盤-1台
自動旋盤宮野NC自動盤-1台
コンターマシン立山-1台
ターレット旋盤日立-1台
CNC旋盤ツガミ-1台
レーザータレパン村田機械-1台
ストッカー 1段追加アマダ-1台
マシニングセンタ森精機-1台
タッパー玉川精機-1台
ターレット旋盤今井-1台
ブラッシングマシン前田-2台
プレスシノハラ-1台
ボール盤吉良-1台
旋盤滝澤機械-1台
縦フライス静岡-1台
旋盤ワシノ-1台
ボール盤吉良-1台
油圧ブレーキアマダ-1台
直立ボールバン紀和-1台
プレスYMG-1台
フレクサーアサヒ化学-1台
丸鋸切断機津根精機-1台
縦フライス遠州-1台
ボール盤並木-1台
油圧ブレーキアマダ-1台
旋盤ワシノ-2台
横フライス日立-1台
旋盤ワシノ-1台
彫刻機坂崎-1台
ロボドリルブラザー-1台
プレスアイダ-1台
ベンダーアマダ-1台
鋸切断機アマダ-1台
鋸切断機アマダ-1台
プレスアサヒ-2台
ボール盤吉田-1台
プレスアイダ-1台
研磨機岡本-1台
ボール盤並木-2台
放電加工機ソディック-1台
ボール盤特殊工機-1台
ボール盤芦名-3台
直立ボールバン吉田-2台
縦フライス山崎技研-1台
プレス中原-1台
プレスアマダ-1台
縦フライス松浦-1台
自動ハンダ槽横田機械-1台
ローラーリベッテイングマシン鈴木工機-1台
直立ボールバン吉田-1台
横フライス岩下-1台

株式会社渋川製作所詳細情報

従業員数
57名
郵便番号
〒377-0008
住所
群馬県渋川市渋川折原3673
電話番号
0279-22-0100
FAX
0279-23-7648
公式サイト
https://www.shibusei.co.jp/

株式会社渋川製作所沿革

1920年町田久太郎が丸久組製糸所として渋川市内にて起業
1923年町田久太郎が渋川町長に当選し、町田三郎が社長に就任
1937年町田三郎が渋川町長に当選
1938年織物工場を新設し、製糸・撚糸・織物の一貫生産を実現
1943年太平洋戦争の激化により、政府要請で軍需工場への転換を決定
1944年企業整備令により丸久組製糸所は解散に追い込まれるも、空襲の危険に晒された東京芝浦電気(現東芝)の疎開工場となることが決まる
東芝と協議し疎開工場を設立する旨に合意
町田三郎が渋川航空計器株式会社を設立
渋川航空計器株式会社として渋川市内の旧丸久組製糸場跡地にて操業。東京芝浦電気(現東芝)の府中工場、鶴見京町工場などの業務委託先として中島飛行機(株)向け航空機用油圧計の組立を開始
初代社長 町田三郎が就任
1945年終戦のため、株式会社渋川製作所(現称)に社名変更
町田三郎が渋川町町長を任期満了に伴い退任
1946年町田三郎が戦後初めての衆議院選挙に当選
町田義雄が渋川製作所に入社
町田三郎が自ら労働組合を立ち上げる
1958年町田三郎が渋川市長に当選し、2期8年市長を務める
1960年電力需要の急増により製造品目が増加する
1963年渋川市上ノ町から同市行幸田の高崎-渋川線の国道沿に工場を移転する
1968年初代社長 町田三郎が会長職に就任
2代目社長 町田義雄が就任
1973年オイルショックで受注が減少し会社が苦境に
1974年資本金4800万円に増資
1975年初代社長の町田三郎が逝去し、従五位に叙される
1979年東芝三重工場とノーヒューズブレーカーの取引開始
1984年真空遮断器の出荷台数が2万台に到達し式典を催す
1986年加工効率向上のため最新マシニングセンタを複数導入
1987年業務効率向上のため事務所にパソコンを導入する
1989年設立45年を記念し会社敷地内にヒマラヤスギを45本植樹する
アームロボットを導入し、NC旋盤工程を自動化
1990年3代目社長 町田 久が就任
町田義雄が勲五等に叙され雙光旭日章を受賞する
町田義雄が逝去し、正六位に叙される
1994年行幸田工場跡地にとりせん等複数店舗を誘致
1997年渋川市折原に新工場建設-移転(現所在地)
2008年工場敷地内に新しい機械工場を増設
2020年町田久が旭日小綬章を受賞
2022年東芝インフラシステムズ株式会社より事業移管を受け、直流/交流電磁接触器の販売を開始
3代目社長 町田久が会長職に就任
4代目社長 町田太郎が就任
2024年創立80周年を迎える