Eigyo 営業製作所
株式会社東陽パッケージ
設立 1972年従業員数 4人
加工方法トランスファープレス絞り加工単発プレス
設備熱処理装置その他リベッティングマシン
対応可能な材料PP(ポリプロピレン)PE(ポリエチレン)その他
株式会社東陽パッケージの概要
主に音響機器、自動車部品、情報機器向けの緩衝包装材の設計、製造、販売を一貫して行っています。内装緩衝材やプラ段ケース、組仕切などの通箱の製造販売を手がけています。健康器具の芯材加工やベッド部品の製造販売を通じて、寝具や健康器具分野にも事業を展開しています。物流機材全般の取り扱いも行っています。
株式会社東陽パッケージの事業内容
内装緩衝材の設計製造販売, プラ段ケースや組仕切等の通箱の製造販売, 物流機材全般, 健康器具(マッサージ機)芯材の加工, ベッドの部品、製造販売
株式会社東陽パッケージの設備情報
| 設備 | メーカー | 特徴・能力 | 保有台数 |
|---|---|---|---|
| 熱曲機 | テックメイト | - | 1台 |
| 小型バーチカルカッター | 菱和 | - | 2台 |
| 卓上熱板 | - | - | 2台 |
| リベッター | ミツカワ精機 | - | 3台 |
| 熱風機 | ライスター | - | 1台 |
| プレス | - | - | 1台 |
| リベッター | - | - | 1台 |
| ウェルダー溶着機 | - | - | 1台 |
| ステッチャー | - | - | 3台 |
| 半自動熱貼機 | - | - | 2台 |
| プレス | 曙機械工業 | - | 1台 |
| ウェルダー溶着機 | 精電社工業 | - | 2台 |
| ロールコーター | サンセイ理工 | - | 1台 |
| プレス | 坂本造機 | - | 1台 |
| 全自動熱板 | - | - | 2台 |
| インパルスシーラー | 富士インパルス | - | 1台 |
| 小型昇降板 | 荒川工業所 | - | 1台 |
| ステッチャー | ニッキ工業 | - | 2台 |
| リベッター | - | - | 2台 |
| 卓上熱板 | 荒川工業所 | - | 2台 |
| ブラインドリベッター | ミツカワ精機 | - | 3台 |
| ロールコーター | - | - | 4台 |
| スライサー | 荒川工業所 | - | 1台 |
| 工業用ドライヤー | 坂口電熱 | - | 10台 |
| プレス | - | - | 1台 |
| バーチカルカッター | 荒川工業所 | - | 3台 |
株式会社東陽パッケージの詳細情報
- 設立
- 1972年12月
- 従業員数
- 4名
- 郵便番号
- 〒270-2213
- 住所
- 千葉県松戸市五香八丁目21-12
- 電話番号
- 047-386-5546
- 公式サイト
- http://www.toyopkg.co.jp/
株式会社東陽パッケージの沿革
| 1973年 | 創業者 菅野東彦が松戸に(株)東陽パッケージを興す。「音響機器」「精密機情報器」「自動車部品」の緩衝包装分野で設計試作、包装試験、製造販売にわたる一貫メーカーとしての歩みを始め今日に到る。 |
|---|---|
| 1979年 | 日本スチレンペーパー(現(株)JSP)の厚板(ミラブロック)の加工、製造を始める。 |
| 病院用マットレス(現パラマウントベッド)の製造に関わり、その後の約20年間に130万台製造。 | |
| 1980年 | 「ライスター」熱融着機を開発。ブロック熱融着加工技術に画期的な成果を挙げる。その後も何度かの改良を加え、今日も稼動しており、全国的に限定的に10数台の販売をした。 |
| 1983年 | プラスチック段ボールによる通箱の製造分野に乗り出す。 |
| 1985年 | 健康器具(ツボヘルサー)の基本部品としてプラスチック段ボール(6mm 1600g)の加工技術が採用され今日に到る主力製品の一つとなる。 |
| 1989年 | 千葉県八街市に千葉工場を立ち上げ、ここでチェッカーマット・ベースブクミの製造拠点とする。プラ段とウレタンフォームのゴム系ホットメルトによる自動接着ラインは革新的な加工技術であり、今日に至っている。ゴム系ホットメルトというのは当時日本にはなかった。 |
| 1990年 | 松戸工場にてスポーツ用品メーカーの柔道畳の製造を受注し、その後10年間に約4万畳の柔道畳の製造にあたる。 |
| 1993年 | 宇部日東化成と共同開発による折り畳式薄ダタミの製造を始めたが、バブル崩壊後の消費者の「縮み指向」とぶつかり、成功には到らなかった。超音波ウエルダー自動機等を取り入れた優れた製造工程であり製品であったと思うが、惜しい製品であった。ウエルダー融着機として機械の一部は活用された。 |
| 1999年 | チェッカーマット・柔道畳の製造が終わり、経営上最も厳しい時期となった。 |
| 2000年 | 千葉工場売却、松戸工場に集約する。 |
| 創業の始めに戻り、包装材加工に専念し経営の原点に回帰、再生に努力した。 | |
| 2003年 | 社業も順調に推移し、この頃から特に自動車関連部品通箱等の物流分野に遅ればせながら参入し成果を得た。 |
| 2007年 | 代表取締役交替 創業者 菅野東彦が退任し、小濱浩巳が新たに就任し今日に到る。 |