Eigyo 営業製作所
株式会社東亜精工
従業員数 9人
加工方法ボール盤加工マシニングセンタ加工レーザー切断
設備マシニングセンタワイヤーカット放電加工機ボール盤
対応可能な材料その他
株式会社東亜精工の概要
同社は、自動制御精密機械や省力化装置機械の設計から製作までを一貫して手がけています。検査機や搬送機などの産業用機械、自動機器の試作、機械設計及び製作に対応しています。設計、加工、組立を社内で完結させることで、効率的なものづくりを実現しています。民間企業や研究機関など、幅広い業界の顧客ニーズに応えています。
株式会社東亜精工の事業内容
自動制御精密機械及び省力化装置機械の設計製作、機械メンテナンス、機械オーバーホール、治具・工具・部品製作
株式会社東亜精工の設備情報
| 設備 | メーカー | 特徴・能力 | 保有台数 |
|---|---|---|---|
| マシニングセンター | 牧野フライス | - | 3台 |
| ワイヤー放電加工機 | 三菱 | - | 1台 |
| 縦型ボール盤 | 吉田 | - | 1台 |
| 光学/画像測定機 | キーエンス | - | 1台 |
| 平面研削盤 | 岡本 | - | 1台 |
| NCフライス | 牧野フライス | - | 1台 |
| ニューマブラスター | 不二製作所 | - | 1台 |
| コンターマシン | アマダマシナリー | - | 1台 |
| レーザー刻印機 | - | - | 1台 |
| 汎用旋盤 | ワシノ | - | 2台 |
| 切断用バンドソーマシン | アマダマシナリー | - | 1台 |
| 平面研削盤 | 岡本工機 | - | 1台 |
| ワイヤー放電加工機 | 三菱 | - | 1台 |
| NCフライス | 牧野 | - | 2台 |
| ラジアルボール盤 | 小川 | - | 1台 |
| 3Dファイバーレーザーマーカー | TASTE | - | 1台 |
| タッピングマシン | エンコース | - | 1台 |
| 卓上ボール盤 | 吉良 | - | 1台 |
株式会社東亜精工の詳細情報
- 従業員数
- 9名
- 郵便番号
- 〒142-0051
- 住所
- 東京都品川区平塚三丁目10-5
- 公式サイト
- https://toaseiko.jp/
株式会社東亜精工の沿革
| 1927年 | 個人会社濱田工作所を目黒区大崎に設立創業する |
|---|---|
| 1933年 | 荏原区小山に事業所を移転すると同時に工場を拡張し機械台数を増やし従業員も二十数名に増員する |
| 1937年 | 全面的に設計製作に切り替え従業員約四十名を有し自家製品としてベンチグライダー並びに船舶用小型旋盤を製作し、長岡津上製作所並びに理研鋼機に販売を始める |
| 1939年 | 濱田精機工作所と改名する |
| 品川区平塚に五百坪の敷地を購入する | |
| 1940年 | 品川区平塚に工場(六十坪)を新設し、平塚工場の機械設備を一新すると同時に全従業員を二工場で六十余名に増員する |
| 1942年 | 第二次大戦中、国の要請により軍事工場として、海軍航空隊横須賀追浜の仕事をする |
| 1951年 | 日本精工株式会社多摩川工場並びに大崎工場の部品加工を始め諸々の機械修理並びに製作を始める |
| 1961年 | 従来の部品加工及び機械修理製作に加え省力化の機械装置等の製作に内容を変更する |
| 社名、株式会社東亜精工と改名する | |
| 1971年 | 工作機械製作を中止し、主にコンピュータ制御、自動操作組立機並びに自動操作試験機又はユニット(装置)を主体に生産品物を切り替える |
| 1972年 | 電気興業株式会社と取引を開始、高周波熱処理設備製作を始める |
| 1974年 | 株式会社日進機械製作所と取引開始、センタレス研磨機のオートローダー製作を始める |
| 1976年 | 省力化設備の設計製作を開始する |
| 2002年 | 濱田忠房代表取締役会長に就任 大山孝視代表取締役社長に就任 |
| 2008年 | 濱田忠房顧問に就任 濱田八一代表取締役会長に就任 |
| 2016年 | 大山孝視顧問に就任 濱田次郎代表取締役社長に就任 |