須河車体株式会社
設立 1937年従業員数 205人
加工方法マシニングセンタ加工シャーリング加工レーザー切断
設備立型マシニングセンタCO2溶接機プレス
対応可能な材料アルミニウム・アルミ合金鉄鋼材料
須河車体株式会社の概要
同社は、ボトルカーなどの特殊車両ボディーや、自動車・建設機械・鉄道車両向けの金属プレス部品の開発・設計・製造を手がけています。清涼飲料水運搬車や各種食品運搬車など、幅広い業界のニーズに対応しています。開発から販売、修理まで一貫した体制で、顧客に製品を提供しています。
須河車体株式会社の事業内容
特殊自動車ボディーの開発・設計・製造,金属プレス部品の開発・設計・製造,メタル加工,塗装,製品の販売,製品の修理
須河車体株式会社の設備情報
| 設備 | メーカー | 特徴・能力 | 保有台数 |
|---|---|---|---|
| 縦型マシニングセンタ | - | - | 1台 |
| CO2半自動溶接機 | - | - | 100台 |
| 成形プレス | - | - | 5台 |
| ブレーキプレス | - | - | 2台 |
| シャーリング | - | - | 3台 |
| タレバン | - | - | 3台 |
| 成形プレス | - | - | 4台 |
| 平面研削盤 | - | - | 1台 |
| 成形プレス | - | - | 1台 |
| 成形プレス | - | - | 6台 |
| レーザー | - | - | 2台 |
| ブレーキプレス | - | - | 2台 |
| 成形プレス | - | - | 5台 |
| ショットブラスト機 | - | - | 1台 |
| ロボット | - | - | 23台 |
| 2DCAD | - | - | 10台 |
| CAMソフト | - | - | 2台 |
| 成形プレス | - | - | 11台 |
| ロボット | - | - | 8台 |
| 切断機 | - | - | 3台 |
| ブレーキプレス | - | - | 2台 |
| 3DCAD | - | - | 5台 |
| メカプレス | - | - | 5台 |
| マテハン | - | - | 1台 |
| 三次元測定機 | - | - | 1台 |
| スポット溶接機 | - | - | 141台 |
| 成形プレス | - | - | 2台 |
須河車体株式会社の詳細情報
- 設立
- 1937年12月
- 従業員数
- 205名
- 郵便番号
- 〒610-0231
- 住所
- 京都府綴喜郡宇治田原町大字立川小字坂口13
- 電話番号
- 0774-88-4611
- FAX
- 0774-88-4616
- 公式サイト
- https://sugawa.co.jp/
須河車体株式会社の沿革
| 1937年 | 須河大一が京都市下京区中堂寺南町に須河車体製作所を創立。京都初の国産トラック専門工場としてトラックボディーの架装を始める。 |
|---|---|
| 1941年 | 京都市南区西九条御幸田町(十条通大宮)に新工場を設立し、全面移転。大津市の西岡ボディーを吸収し、個人事業から株式会社組織となる。須河大一が代表取締役社長に就任。 |
| 1946年 | 創立者である須河大一、死去。享年49歳。創業以来、共に歩んできた弟の須河辰治が後継に。 |
| 京都市南区竹田街道十条で、京都造建株式会社車両部としてトラックボディーの生産を再開。 | |
| 1948年 | 京都造建株式会社から車両部を独立。京都市南区唐橋羅城門町において株式会社須河車体製作所として操業開始。須河辰治が取締役社長に就任。 |
| 1951年 | 株式会社須河車体製作所の発展的解散に伴い、京都市左京区浄土寺馬場町において須河車体製造株式会社を設立。平野弥介が代表取締役に就任。 |
| 1958年 | 須河車体株式会社に社名を改める。 |
| 1960年 | 中小企業庁長官賞を受賞。 |
| 近畿飲料株式会社(元近畿コカ・コーラボトリング株式会社)の発注による、初のボトルカー製造に着手。その後、コカ・コーラの爆発的な普及と共に、ボトルカーは須河車体の主力製品になる。 | |
| 1962年 | 株式会社須河車体製作所を須河車体株式会社に吸収合併。 |
| 1964年 | 京都市南区久世築山町の久世工業団地内に工場を新設し移転。工場面積4,300m2という大規模な生産体制に。ボトルカーの受注は冬場に集中するため、季節による業務量差をなくすべく、マイクロバス・鉄道車両・建設機械などのメタル部品も製造し始める。 |
| 1970年 | 万博用コーラ運搬車 万博期間会場内専用車。シロップタンク運搬車。屋根ホロ張り簡易仕様ボディー。 |
| 高速道路運搬用 大型大量輸送。オールシャッター開閉式。缶ケースと瓶ケースを混載。ドライブインへ配送。 | |
| 1971年 | 低床ボディー車 ドロップフレームによる車高下げビン棚車。最大限既製品の積みおろしを楽にする。フレームの間とリヤ部は四段収納。 |
| 1973年 | マイクロバス部品(日産車体株式会社) ・二輪車部品(ホンダ運送) ・鉄道車輌部品などの需要拡大に応え、久世工業団地内に機械加工専用の第二工場 (プレス工場)を新設。 |
| 1974年 | 特殊専用車 特別製外装を行った変型車 トンネル内、電気設備の点検車 |
| 簡易型移動図書車 バン車の後部左右を改造し書棚を設け跳ね上げ扉を二枚、日除けテントを内側に取付けた。 | |
| 1975年 | シロップ専用車 荷室寸法を広く活用するため側面観音扉とする。自販機用。シロップ、炭酸ボンベ、紙コップ積載。棚式 |
| 1976年 | 缶積み専用車 前部の一枚扉が後部へスライド式。後部は二枚引戸。オープンスペース。パレット積み荷室。 |
| 1977年 | 第一次オイルショックを乗り越え、業績が回復。久世工業団地内にメタル部品加工専用の第三工場を新設し、増加する受注に対応。 |
| 1978年 | 4000kg RACK BODY架装開発試作 |
| 1980年 | 平野弥介、死去。享年67歳。須河健市が後継に。 |
| 1982年 | ドロップフレーム車BODY架装主流パレット積載兼用BODY架装 |
| 1984年 | ラック&ベイ車 前部レギュラー瓶。後部ホームサイズ瓶棚。最後部荷室はパレット積用のためルーフアップ型仕様。シャッターは後方開き。 |
| 1985年 | 溶接および組立ロボットを多数導入。高品質低コスト化を図る。 |
| 官ケースとビンケース混載車 第2、4室に缶製品積みのスペースとしたドロップフレームシャシのボトルカー。後部室は横開き式のシャッターを採用したオープンスペース。 | |
| 1987年 | 日本コカ・コーラ(株)技術部と標準BODY架装取り組み |
| 1988年 | 子会社である有限会社須河を設立。 |
| 京都府宇治田原町に敷地面積41,804m2、工場面積10,423m2の新工場が完成。業界最高水準の生産設備で生産を開始。本社も同所に移転。 | |
| 日本コカ・コーラ株式会社技術部と標準BODY架装取り組み | |
| 1989年 | 側面アコーディオン式シャッター車 両側面にアコーディオン式シャッターを採用した清涼飲料水運搬車。スライド扉よりも開口面積が広いことが特長といえる。パレット積みを容易にした。 |
| 窓付ドアボディー フォークリフトでの荷物の積み込みを容易にするため,リヤボックスのルーフを跳ね上げ式としたモデル。また、外部から内部の積み込み品を見られるように、サイド扉に窓が取り付けられているのも特長。 | |
| 1990年 | 藤井茂、工場板金の卓越者として「現代の名工100選」に選ばれる。 |
| 1991年 | 須河健市、運輸大臣賞を受賞。 |
| 新デザイン車 ハーフパレット7枚積み用清涼飲料水運搬車。サイド扉は新型のワンタッチロックが採用されている。コカコーラの全面看板が目をひく。コーラ100年を記念したデザイン。バックアイカメラ装置取付け安全対策。 | |
| 1992年 | にわとり専用2段積み車 にわとりを小型パックに入れて、1F床2F床に効率よく積載できる鶏専用運搬車。二階床は油圧で昇降できる。 |
| 工事現場などでの打ち合わせなどに大活躍 コンパクトな外観とは反対に広く明るい室内空間を確保している。現場での打ち合せにも十分な会議スペース、豊富な収納棚、ビデオ付TV・冷蔵庫などのリフレッシュ設備も完備している。 | |
| 1993年 | 新配送システム車 パスポート21 パレット自動移動レーンを装備し積荷を前後に移動することが楽になった。後部扉は観音開き、積み込みの際、後部ルーフが上がり、リフト積みが容易。扉部にハンドトラックを装備できる。省力化したパレット専用車。 |
| 家財と愛車が一緒に運べる引越専用車 カーゴ壁面が、家財の量に合わせて前後にスライドするので、荷崩れのない安定した積載が可能。また、ノーズの長い大型乗用車の場合も、このスライド構造が威力を発揮。 | |
| 須河製ミニ・レスキューカー 各種消防救急用具を効率良く収納、かつ現場でのスピーディーな用具の取出しを行うための、様々な工夫が盛り込まれている上、ルーフに折り畳み式投光器、車体前部に強力ウインチを装備し、各種支援を行なう。 | |
| デザインを京都風にしたホテル客の特別輸送車 昔の牛車の御所車をイメージし、華やかな雰囲気をかもし出したホテル内での送迎車輛。 | |
| モーターショー出展車 ラクニーII 車体左右に上下運動開閉式シャッターを各3面配置した従来にはない新型車体。内部には油圧リフト式パレット台が四ケ所ついており荷役作業の省力化も計っている。「楽に積降ができる車」の意味。 | |
| 1994年 | 二輪車積載用 観音扉の下に煽を取り付け、プラットホームでの作業が容易に出来る。2階フロアには脱着式のロープフックを取り付け、二輪車などの緊締に便利。 |
| 引越の際、荷物と共に家族が移動出来る貨客輸送車 トラックシャシーを使用し、全部は家族、後部は引越用荷物を一度に積み込み。家族家具ともども引越を可能にした車輛。 | |
| 仙台市太白区に東北営業所を設置。 | |
| 1995年 | すばやく現地で司令本部を設置 外観にはフルオープンの4枚観音扉を使用し、積載物の取出し易さを向上、また積載物には酸素ボンベ、発電機耐熱服等消火、救急活動に必要な道具類を一式用意してある。内部横上部には巻上げ式のテント屋根も装備 |
| 1996年 | 薄型柱で開口幅をアップ 従来のブロードデッカーの後枠開口広幅タイプで145mmアップを実現、大きな荷物の積み降ろしも楽になった。その他2階床傾斜、大型荷受台等荷役作業に必要な機能も充実している。四輪車積み込みも可能。 |
| 競走馬長距離輸送車(キャブチルト車) 競走馬の輸送用として、室内は馬の健康と安全、さらに糞尿処理回収等衛生面にも配慮した。キャブから後部室内(厩務員室)へ人の移動が可能。厩務員室にはベッドを設け4名が就寝できる。 | |
| 中国に進出。河南黄河実業集団公司と合弁会社の設立で調印。中国という巨大市場に向け、新しい事業展開を図る。 | |
| 河南須河車輌有限公司の工場が完成。敷地面積80,000m2。2トン車の箱車(パネルバン)、保冷車、冷凍車の製造から創業を開始。 | |
| 1997年 | 創業60周年を期に、新体制発足。須河健市が代表取締役会長に、堀口昇一が代表取締役社長に就任。 |
| 超低床フレームのかくだい2000kg〜4000kg迄シャシーメーカー側ワイド対応に伴うBODY架装 | |
| 東京営業所を設置。 | |
| 京都府知事表彰を受賞。 | |
| 2000年 | ISO9001:2000の認証を取得(本社および東日本営業所)。 |
| スーパーハウスの生産開始。ハウジング事業に進出。 | |
| 2001年 | 須河健市が黄綬褒章を受章。 |
| 2002年 | 須河進一が代表取締役社長に就任。 |
| 2003年 | ISO9001:2008の認証を取得。 |
| 2004年 | カチオン・粉体塗装工場が完成。 |
| 2005年 | ISO14001:2004の認証を取得。 |
| 2006年 | ISO14001:1996の認証を取得。 |
| 2008年 | VIPを用いた複合断熱パネルの製造方法の開発に成功。 |
| 2010年 | 宇治田原工業団地内で第二工場を稼動開始。 |
| 須河健市、死去。享年77歳。 | |
| 2014年 | 京都府宇治田原町に敷地面積72,634m2の新工場が完成。トラック架装事業と本社も同所に移転。 |
| 2015年 | 小西強、工場板金の卓越者として「現代の名工100選」に選ばれる。 |
| 2017年 | 京都府宇治市にて大久保工場の操業を開始。 |