株式会社田中材木店
従業員数 99人
設備その他
対応可能な材料その他
株式会社田中材木店の概要
木材、住宅建材、住宅設備機器を戸建住宅から大型構造物まで幅広く提供しています。CADデータによる高精度な木材プレカット加工を手がけ、工期の短縮に貢献しています。新築やリフォーム、店舗改装などの工事も請け負っています。国産材を用いた無垢の床板や壁板の製造・販売も行っています。工務店や建築事業者向けに、住宅瑕疵保険の取次や補助金申請のサポートも提供しています。
株式会社田中材木店の事業内容
木材の提供、住宅建材・住宅機器の提供、サッシ・エクステリアの提供、プレカット加工、工事の請負、オリジナル床壁材の製造・販売
株式会社田中材木店の設備情報
| 設備 | メーカー | 特徴・能力 | 保有台数 |
|---|---|---|---|
| 特殊加工機 | - | - | 1台 |
| 柱加工機 | - | - | 1台 |
| 火打ち加工機 | - | - | 1台 |
| 合板加工機 | - | - | 1台 |
| 横架材加工機 | - | - | 1台 |
| 羽柄加工機 | - | - | 1台 |
株式会社田中材木店の詳細情報
- 従業員数
- 99名
- 郵便番号
- 〒860-0813
- 住所
- 熊本県熊本市中央区琴平二丁目4-10
- 公式サイト
- http://www.tanaka-lumber.co.jp/
株式会社田中材木店の沿革
| 1905年 | 田中勇太郎、上益城郡木山町にて木材商を営む |
|---|---|
| 1912年 | 田中庄太郎、10馬力にて丸鋸盤を設備し製材業を創立 |
| 1923年 | 田中庄太郎、丸鋸盤を設備し製材業を設立 |
| 1942年 | 太平洋戦争時、木材統制法に基づく企業合同のため熊本地方木材株式会社に製材設備を譲渡し廃業 |
| 1946年 | 田中賢太郎・川野中・米村昇の共同で、出資組合田中材木店を創設し、地方木材株式会社の木山工場を払下げ、製材業・木材業を再開 |
| 1949年 | 有限会社田中材木店に改組し田中賢太郎が代表取締役に就任 |
| 1953年 | 白川大水害にて甚大な被害に見舞われる |
| 1954年 | 熊本市水前寺1丁目で製材工場を稼働 |
| 1959年 | 南熊本(紀平2丁目、現本社地)で製材工場を稼働させ、木山工場を廃止 |
| 1963年 | 水前寺工場を廃止。紀平工場を拡張し近代化した製材工場を増設 |
| 1966年 | 『熊本市民早起き野球大会』第10回大会に出場。3-1で2回戦を突破するも、3回戦は2-4で敗退。(以後、世代交代しながら今日まで出場中。) |
| 1967年 | 外材輸入の増加に対応し、琴平工場を大型化し、同時に徹底した省力化設備となす。 |
| 1971年 | 神水に県庁前木材センターを開設(のちにサッシセンターとして営業) |
| 1972年 | 九品寺3丁目に本社社屋及び倉庫・展示場を新築し水前寺営業所を移転 |
| 1973年 | 水前寺2丁目に「水前寺パーキングステーション」を経営する |
| 1975年 | 水前寺4丁目に賃貸店舗及び住宅の「カネタビル」を建設し、長きにわたり「愛マート」に賃貸。(2016年の震災後、解体。) |
| 1980年 | 美里町(旧中央町)でフローリング工場を稼働、中央木材工業所とする |
| 経営多角化の一環として、若葉2丁目にビルを建設しユニードダイエーに賃貸。 | |
| 1985年 | 田崎町に店舗を建設し、大野商事「パチンコ大統領」に賃貸。 |
| 1987年 | 熊本産業団地(益城町)にツインバンドソー等新鋭設備による合理化工場を新設し、南熊本工場を移転。 |
| 1990年 | 物流コストの合理化推進のため旧南熊本工場(琴平2丁目)へ本社と営業部を移転。販売仕入財務等の完全管理体制を敷く。7月、株式会社田中材木店に改組。 |
| 1996年 | 田中信敬、代表取締役に就任。神水2丁目「県庁前サッシセンター」を紀平に統合 |
| 2002年 | 琴平にプレカット機械を導入し、プレカット工場を稼働 |
| 2005年 | 創業100周年を迎える |
| 2007年 | 工事課を開設、主に木工事で現場をサポート |
| 2009年 | 地域の方々への感謝の気持ちを込め『木愛祭』をスタート |
| 2012年 | リフォームプロジェクトを発足。取引先の支援としてリフォームイベントを開催 |
| 2017年 | 益城製材工場を廃止 |
| 2018年 | 益城プレカット工場が稼働 |
| 2023年 | 橋爪慧、代表取締役に就任。 |