大和重工株式会社
設立 1831年従業員数 187人資本金 22億円
設備その他
対応可能な材料鉄鋼材料セラミック・ガラスその他
大和重工株式会社の概要
同社は鋳物をベースに、住宅機器関連と産業機械関連の二つの事業を展開しています。鍋・釜・五右衛門風呂、鋳物ホーロー浴槽などの住宅機器を製造しています。また、工作機械や舶用エンジン向けの大型鋳物部品、オートパレットチェンジャー、各種大型定盤などの産業機械関連製品も手がけています。鋳物設計から機械加工、組立、据付まで一貫生産体制を保持し、幅広い業界に高精度な大型鋳物製品を提供しています。
大和重工株式会社の事業内容
住宅機器関連事業、産業機械関連事業、移動かまど製造、定盤製造、DDパター製造
大和重工株式会社の設備情報
| 設備 | メーカー | 特徴・能力 | 保有台数 |
|---|---|---|---|
| 定盤 | - | - | 1台 |
| 埋め込みジャッキ | - | - | 1台 |
| 定盤 | - | - | 2台 |
大和重工株式会社の詳細情報
- 設立
- 1831年
- 従業員数
- 187名
- 資本金
- 22億円
- 郵便番号
- 〒731-0221
- 住所
- 広島県広島市安佐北区可部一丁目21-23
- 電話番号
- 082-814-2101
- FAX
- 082-814-2109
- 公式サイト
- https://www.daiwajuko.co.jp/
大和重工株式会社の沿革
| 1831年 | 瀬良嘉助が創業 |
|---|---|
| 1920年 | 瀬良商工株式会社 瀬良嘉一はさらに事業拡張を図るため、これまでの瀬良商店を株式組織に改め、資本金50万円で瀬良商工株式会社を設立。本社は広島市広瀬町においた。主要事業は鍋・釜・風呂釜・鋳物機械などの製造販売 |
| 3月 瀬良嘉一が事業拡張のため従来の個人経営を改め広島市広瀬町に瀬良商工株式会社(資本金50万円)を創立。 | |
| 1922年 | 12月 資本金25万円に減資。 |
| 1926年 | 貸本金6万円に減資し、瀬良嘉一退任、田中保社長就任。本社を広島市広瀬町から現住所(広島市安佐北区可部)に移転 |
| 6月 資本金6万円に減資し、瀬良嘉一退任、田中保社長に就任。本社を広島市広瀬町より現住所に移転。 | |
| 11月 住野鋳造所を吸収合併し、資本金6.6万円に増資。 | |
| 1934年 | 田中保死去。最後まで無給の社長であった。田中恭造社長就任 |
| 2月 田中保死亡により田中恭造社長就任。 | |
| 1937年 | 日産5000トンの再生炉1基を建設 |
| 1月 資本金15.25万円に増資。 | |
| 1939年 | 資本金51万円に増資、機械工場を増設。大和(ヤマト)重工株式会社に改称 |
| 11月 資本金51万円に増資し、機械工場を増設、大和(やまと)重工株式会社と改称。 | |
| 1943年 | 11月 資本金150万円増資し、工作機械の設備を拡充。 |
| 1944年 | 株式会社観音鋳造所を吸収合併し、観音工場と呼称。資本金165万円に増資し、大和(ヤマト)重工業株式会社に改称 |
| 1945年 | 大和(ダイワ)産業株式会社に改称し、新たにスタートする |
| 9月 大和産業株式会社と改称。 | |
| 1948年 | 8月 企業再建整備に基づき、資本金500万円に増資。 |
| 1950年 | 大和(ダイワ)商事株式会社を吸収、資本金550万円に増資。このころから船舶用の舷窓及びスチームラジエーターなど生産、各造船所に納入 |
| 8月 大和(だいわ)商事株式会社を吸収し、資本金550万円に増資。 | |
| 1951年 | 再評価積立金資本組入れにより貸本金1,650万円とし、大和(ダイワ) 重工株式会社と改称(現社名) |
| 10月 再評価積立金より資本組入により、資本金1,650万円とし、大和(ダイワ)重工株式会社と改称(現社名)。 | |
| 1952年 | 6月 資本金2,200万円に増資。 |
| 1953年 | 田中恭造取締役会長に、田中隆平取締役社長にそれぞれ就任。風呂釜のホーロー引きを開発•生産 |
| 3月 田中恭造取締役会長に、田中隆平取締役社長にそれぞれ就任。 | |
| 8月 資本金3,300万円に増資。 | |
| 1954年 | 観音工場を閉鎖し、本社工場に吸収。船舶用仕切り弁、G型弁、L型弁のJIS規格の表示許可を受け、初めて自社ブランド「DAIWA」の製品が産業界に出る |
| 3月 観音工場を閉鎖し、本社工場に吸収。 | |
| 1955年 | 船舶用パルブ、陸用バルブ、バタフライバルブなど弁類の製作開始 |
| 1957年 | 社内新聞創刊 |
| 1959年 | 1月から第1次、第2次の設備拡充。さらに鋳造設備の近代化・生産拡大・技術水準の向上を目的に第3次合理化計画を実施。11月に資本金6600万円に増資 |
| 11月 資本金6,600万円に増資。 | |
| 1960年 | 通産省より大型機開発の補助金を受け、大型プレーナー・ミーリング複合機の製作に着手(国産最大仕様)。翌年9月に自社ブランドの大型プレーナー完成。 |
| 1961年 | 大和重工技術陣の総力をあげて取り組んだ自社ブランドの大型プレーナー完成。業界デビューを果たす。資本金1億8,750万円に増資。株式を東京証券取引所市場第二部及び広島証券取引所に上場 |
| 4月 資本金9,900万円に増資。 | |
| 11月 株式を東京証券取引所市場第2部及び広島証券取引所に上場。 | |
| 1962年 | 国際工作機械見本市にDAIWAプレーナー出品、以後18年間で62台の納入実績を残した。吉田工場新設。鍋・釜・風呂釜など伝統的な製品の生産拠点となる。関東地区特約店を対象に関東丸広会、後の大和会を結成 |
| 9月 資本金3億9,000万円に増資。 | |
| 10月 吉田工場を新設。 | |
| 1963年 | 熊本工場新設。良質鋳型の増産と高級鋳鉄の製造を行った |
| 1月 熊本工場を新設。 | |
| 1964年 | 7月 大阪出張所の機構を改正し、大阪営業所に昇格。 |
| 1965年 | 「ダイワバス」日本住宅公団の指定商品となる。 |
| 2月 取締役会長田中恭造死亡。 | |
| 1966年 | 熊本工場を閉鎖し、本社工場に吸収。インドへ大型プレーナー初輸出 |
| 3月 熊本工場を閉鎖し、本社工場に吸収。 | |
| 10月 八幡出張所を北九州出張所と改称し、併せて福岡出張所を新設。 | |
| 1967年 | 湿式ホーローから乾式ホーローへの移行 |
| 8月 東京出張所の機構を改正し、東京営業所に昇格。 | |
| 1968年 | 7月 東京工場を新設。 |
| 10月 名古屋出張所を新設。 | |
| 1970年 | 創立50周年記念式典 |
| 1971年 | DAIWA創刊。スラブ皮削機 新日本製鉄と共同研究 7か国で特許登録 |
| 12月 北九州出張所を閉鎖。 | |
| 1972年 | NC工作機械 第一号完成。Vプロセス鋳造ライン(1号)自社開発を開始。本社ホーロー加工設備を吉田工場に移設し、一貫体制を確立 |
| 1月 福岡及び名古屋出張所をそれぞれ営業所に昇格。 | |
| 10月 本社ホーロー加工設備を吉田工場に移設集約し一貫体制を確立。 | |
| 1973年 | 大和プレーナー新機種「プログラム制御プラノミラー」。吉田工場厚生棟完成。工場の規模が拡大、人員も300名へ増大 |
| 1974年 | 2月 仙台出張所を新設。 |
| 1977年 | 増西春三、取締役社長に就任 |
| 3月 増西春三取締役社長に就任。 | |
| 12月 資本金4億2,000万円に増資。 | |
| 1978年 | 資本準備金の一部を資本に組み入れ、資本金5億400万円とする。日本初の肘掛けやグリップ付きの風呂を発売、爆発的な実績を残す |
| 1月 資本準備金の一部を資本に入れ、資本金5億400万円とする。 | |
| 1980年 | 東広島出張所を新設。フラン砂導入。金型装置設置。Vプロ装置設置 |
| 5月 東広島出張所を新設。 | |
| 1981年 | 11月 仙台出張所の機構を改正し、仙台営業所に昇格。 |
| 11月 東京工場を閉鎖し、吉田工場に吸収。 | |
| 1982年 | 4月 東京配送センターを新設。 |
| 1983年 | 田中保昭、取締役社長に就任 |
| 3月 田中保昭取締役社長に就任。 | |
| 1984年 | カラーグラデーションのホーロー浴槽<アートシリーズ>発売 |
| 9月 東広島出張所を閉鎖し、広島営業所に吸収統合。 | |
| 1985年 | 3月 高松営業所を新設。 |
| 1986年 | 1985年のG5プラザ合意により急激な円高となり日本経済は円高不況に陥る。多くの社員が広島の他企業に出向にでる。 |
| 1987年 | 高級鋳物ホーロー浴槽<翡翠シリーズ>発売。大羽釜を広島東照宮に奉納 |
| 1988年 | 国内最大級のコアノックマシン据府稼働(本社鋳物工楊)。吉田工場にホーロー焼成炉完成 |
| 1990年 | 本社社屋に広告塔完成。創立70周年を機に広島市西区商工センターに広島営業所を新設、同時にショールーム(バスストップ)を新設。創立70周年記念式典。独身寮完成。世界一の鋳鉄製大羽釜を製作。ギネスブックに申請 |
| 3月 広島営業所を新築移転、ショールームを新設。 | |
| 1992年 | 食のフェスティバルに大羽釜を展示。前年から開発を進めてきた戸建て住宅用ユニットバス発売 |
| 1993年 | 自社製APC付き5面加工機本格稼働(造機工場) |
| 1994年 | 鋳物ホーロー浴槽TBタイプに新機種加わる |
| 1995年 | 阪神淡路大震災発生。何か被災者の方々の助けにならないかと、支援物資をもって現地に向かう。被災地での炊き出しではアルミ製羽釜と鉄製のかまくどが使用されていた。鋳物ホーロー浴槽、新機種R-130、RD-130発売 |
| 5月 仙台営業所を閉鎖し、東京営業所に吸収統合。 | |
| 1996年 | ダイワオリジナルアウトドアブランド 「湯牧民」(五右衛門風呂)発売(バリエーションは5タイプ) |
| 1997年 | DDパター発売開始 |
| 1998年 | やまと風呂発売(4タイプ14アイテム)。小型かまどセット「かまどん」発売。(平成12年第7回ひろしまグッドデザイン賞大賞受賞) |
| 2001年 | 移動かまど誕生 |
| 2002年 | 第24回西条ふるさと祭りで大羽釜が活躍(5000人分の豚汁でき上がり) |
| 2003年 | ISO(国際標準化機構)9001:2000認証取得。平成15年(2003年)第9回の湯牧民露天デラックスセット(奨励賞) |
| 4月 ISO9001:2000認証取得。(平成21年4月にISO9001:2008へ移行) | |
| 5月 資本金6億5,100万円に増資。 | |
| 2004年 | 新潟中越地震被災者を「稼働かまど」で支援。ダイワ移動かまどが「第10回ひろしまグッドデザイン賞」(広島市主催)奨励賞を受賞 |
| 2007年 | JR可部駅西口広場に可部の鋳物づくりの歴史の象微モニュメントとして、大和重工の五右衛門風呂と大羽釜が設置された |
| 2008年 | 本社鋳造工場に25トン電気炉2基設置・稼働 |
| 5月 高松営業所を閉鎖し、広島営業所に吸収統合。名古屋営業所を閉鎖し、東京および大阪営業所に吸収統合。 | |
| 2011年 | 東日本大震災。炊き出し。CASTIEシリーズ発売 |
| 2013年 | TOTOから浴槽機種引継ぎ。国内で唯一のホーロー浴槽メーカーに |
| 2016年 | ひろしまフードスタジアム広島大牡蠣祭り・冬の陣「1万人の巨大牡蠣鍋」で移動かまどが活躍。 |
| 2017年 | 中四国初 大型炉体移動式熱処理炉(焼鈍炉)導入 |
| 2018年 | 4月 ISO9001:2015に移行 |
| 2019年 | 田中保昭取締役会長に、田中宏典代表取締役社長に就任。 |
| 3月 田中保昭取締役会長に、田中宏典取締役社長に就任。 |