Eigyo 営業製作所
株式会社田中止鉄工所
設立 1917年従業員数 11人
加工方法ボール盤加工歯切り加工CNC旋盤加工
設備ホブ盤研磨機/研削盤円筒研磨機/研削盤
株式会社田中止鉄工所の概要
陸・海・空の輸送設備、クレーン、各種増減速機向けの歯車製造を主力事業としています。お客様の多様なニーズに応え、理想のモノづくりを支援しています。長年の経験と専門知識を活かし、安定したサービスを提供しています。複雑な依頼にも対応し、高品質な歯車部品を供給しています。
株式会社田中止鉄工所の事業内容
陸・海・空の輸送設備用歯車の製造、クレーン用歯車の製造、増減速機用歯車の製造
株式会社田中止鉄工所の設備情報
| 設備 | メーカー | 特徴・能力 | 保有台数 |
|---|---|---|---|
| ホブ盤 | 芝浦機械株式会社 | - | 1台 |
| 歯面研削盤 | 三菱重工業株式会社 | - | 2台 |
| ホブ盤 | 三菱重工業株式会社 | - | 1台 |
| 円筒研削盤 | 株式会社溝口機械製作所 | - | 1台 |
| ホブ盤 | 株式会社カシフジ | - | 5台 |
| 歯面研削盤 | Hofler社(スイス)(溝口機械製作所改造) | - | 1台 |
| ホブ研削盤 | 清和鉄工株式会社 | - | 1台 |
| ホブ盤 | 芝浦機械株式会社 | - | 1台 |
| CNCフライス盤 | 遠州製作株式会社 | - | 1台 |
| ホブ盤 | 株式会社唐津鐵工所 | - | 1台 |
| ホブ盤 | 株式会社唐津鐵工所 | - | 1台 |
| ホブ盤 | 芝浦機械株式会社 | - | 1台 |
| ホブ盤 | 株式会社唐津鐵工所 | - | 1台 |
| 歯面研削盤 | MAAG社(スイス) | - | 1台 |
| ボール盤 | オークマ株式会社 | - | 1台 |
| ボール盤 | 吉田鉄工所 | - | 1台 |
| CNC縦型旋盤 | 芝浦機械株式会社 | - | 1台 |
| 面取り機 | 名古屋ギヤ整備 | - | 1台 |
株式会社田中止鉄工所の詳細情報
- 設立
- 1917年4月
- 従業員数
- 11名
- 郵便番号
- 〒536-0016
- 住所
- 大阪府大阪市城東区蒲生一丁目12-12
- 電話番号
- 06-6932-3456
- FAX
- 06-6931-4888
- 公式サイト
- http://www.tanakatome.com/
株式会社田中止鉄工所の沿革
| 1917年 | 初代社長・田中止吉大阪市北区天満金屋町において田中鉄工所を設立し、主として歯切盤、平削盤を製作する。 |
|---|---|
| 1921年 | 大阪市南区東月賑町34へ移転する。 |
| 1927年 | 日本エレベーター株式会社の系列に参加し、航空母艦加賀:赤城の艦内エレベーターおよび国会議事堂、東京白木屋などのエレベーターを製作し据え付けを行う。 |
| 1934年 | 現在地(城東区蒲生)に移転、田中鉄工所を設立し、工作機械の製作を主として発足する。その納入状況は次のとおり。●満州国・長作兵器部:歯切盤、フライス盤、平削盤など20台●室蘭・日本製鋼株式会社:歯切盤、フライス盤、平削盤など25台●茨城・日立製作所:歯切盤(100吋)5台●尼崎・大谷製鋼所(大倉商事を経て):歯切盤5台●広島・日本製鋼株式会社:歯切盤、正面盤6台●朝鮮・京城陸軍造兵廟:歯切盤(60吋、100吋)5台●その他国内各所:歯切盤、フライス盤、平削盤、6~8吋直結旋盤、オープンプレーナなど約50台以 現在地(城東区蒲生)に移転、田中鉄工所を設立し、工作機械の製作を主として発足する。その納入状況は次のとおり。●満州国・長作兵器部:歯切盤、フライス盤、平削盤など20台●室蘭・日本製鋼株式会社:歯切盤、フライス盤、平削盤など25台●茨城・日立製作所:歯切盤(100吋)5台●尼崎・大谷製鋼所(大倉商事を経て):歯切盤5台●広島・日本製鋼株式会社:歯切盤、正面盤6台●朝鮮・京城陸軍造兵廟:歯切盤(60吋、100吋)5台●その他国内各所:歯切盤、フライス盤、平削盤、6~8吋直結旋盤、オープンプレーナなど約50台以上、約120台の工作機械を製作販売する。 |
| 1937年 | 青少年の教育と健康の増進を図り、機械技術知識の向上を目的として私立田中青年学校を設立し、田中止吉が校長に就任する。 |
| 1943年 | 企業整備のため野村製作所と合併する。 |
| 1949年 | 現在地において田中止鉄工所として機械の修理および歯車の加工を主として営む。 |
| 1961年 | 住友金属工業株式会社製鋼所より歯車加工の下請け発注を受け今日に至る。 |
| 1964年 | 株式会社田中止鉄工所を設立し、初代社長に田中止吉が就任する。資本金は800万円とする。 |
| 1971年 | 田中止吉が引退し、田中五八男が代表取締役社長に就任する。 |
| 1979年 | 社内業務体制の充実強化を図るべく、山根正治が代表取締役社長に、田中五八男が専務取締役に就任する。 |
| 1983年 | 田中五八男が代表取締役社長に就任する。 |
| 1990年 | 資本金を1000万円に増資する。 |
| 2010年 | 第2工場を稼働させる。 |
| 2022年 | 松山伸司が代表取締役社長に就任し、現在に至る。 |